パクセ−のコ−ンの滝

1993-08-27

 元気ですか。昨日、佑さんからの手紙が届きました。佑さんがボランティアをやっているのは知っていましたが、こんなに何年もやっていたとは知りませんでした。かえって身近の人のほうが知らない事も多いのかもしれません。新聞記事のALSの彼が、私に似ているなどと書いてありましたが、とんでもない。私ならただひたすら病気に身を任せ、彼のように創作する事などしなかったと思います。できれば生前一度お会いしたかったものです。今さらではありますが、彼のご冥福をお祈りします。

 佑さんの手紙と一緒に、うちの奥さんからの手紙も来ました。9月20日から25日までラオスに来る事になり、なんと久米川のお父さんとお母さんも一緒に来る事になったそうなのです。先週久米川のお母さんと三女の実穂ちゃんから手紙が来たのですが、その手紙には何も書いていなかったので驚いてしまいました。『お父さんの病気はどうですか』などと書いて昨日手紙の返事を出したばかりなのですが、ラオスに来られるくらいなのですから、お元気なのでしょう。

 と、ここまでの手紙は8月26日(木)の朝に書いていました。どういうわけか早朝目が覚めてしまい、手紙を書いていたのです。ここまで書いて続きは職場で書こうと思い出勤すると、所長がいきなり豚の臍ヘルニアの手術は出来るかと言うのです。今まで豚はやった事はありませんが、犬なら何回かやっているのでできると言うと、自分の代わりに午前中往診に行き、午後手術をやってくれと言うのです。

 ちょうど少しは頼りになりそうなスパサイは出張中ですし、カンタボンも休み。午前中は1人で往診に行きました。

 行ってみると4ヶ月くらいの子豚で、ちょうど犬くらいの大きさです。これならできると思ったものの、手術をするのは半年ぶり。不安が先にたち、手紙を書くどころではないうちに午後になってしまいました。

 午後になり出かける前に準備をすると、器具だけは何とか最低限ありましたが、糸も針も無いのです。こちらでは薬などの消耗品は、行ってから飼主に買いに行かせる事になっているらしいのです。さっそく買いに行かせました。普通この手術の場合、中はナイロン糸で縫い、外は絹糸で縫うのです。ところが飼主が買ってきたのは、あまりに細すぎる吸収糸。これしか売っていなかったと言うのです。

 「これでは手術できない」と言うと、「せっかく買ってきたのだから、たとえ死んでも良いからやってくれ」と言うのです。糸の長さにも不安があり、気が進まなかったのですが、もしだめなら食べてしまうと言われれば、やらないわけにはいきません。結局手術する事になりました。

 手術自体はヘルニアの穴も小さく、難しくなかったのですが、案の定糸が短か過ぎて、最後の一針が縫えない不本意な手術でした。それでも、飼主が薬屋に行っている間に、回りに集まっていた子供達に教えた「ありがとう」と言う日本語に送られて帰ってきました。手術が不本意だっただけに、なんだか詐欺をしているかのような後ろめたさを感じてしまいましたが、それでも久しぶりに仕事をしたという充実感もありました。

 その日の夕方から夜にかけては、町のラオ人へのインタビューをビデオに撮る事に追われ、結局手紙は書けませんでした。今日は翌日の27日。今、ビデオ取材に来たパクセーのホテルにいます。

 パクセーの事については次回の手紙に書く事になると思いますが、とりあえず第一印象は、サバナケットより物が豊富で、きれいな町だということです。メコン川と、その支流のセドン川の交わる所にある町で、緑と水の町といった感じです。

 ただし、サバナケットより観光客が多いせいもあって物価は高く、観光客めあての店もあります。夕方行ったコーヒー屋でも、普通300キープのコーヒーなのに、最初にサービスといって出されたロールケーキの分も含めて600キープとられてしまいました。ケーキも食べた事ですし、これも授業料だと思い素直に出しましたが、やはりあまり気分の良いものではありませんでした。

 パクセーに一緒に来たのは、以前うちに電話してきた事のあるT君と、JOCVの現地スタッフ1名です。こちらには、Tと新隊員のM君が住んでいますが、T君という人は、ちょっとくせのある人なので、結構疲れる3日間になるかもしれません。

 NHKの取材ということで、5箇所くらいの役所を回り、やっと車をただで出してもらえました。明日はここから南へ160kmほど行った所にある、コーンの滝(メコン川が滝のようになっている所)に行きます。ビデオを持ってきただけで、ただで旅行しているのですから、多少の事は我慢して3日間を乗りきろうと思っています。

 ビデオ取材自体はおもしろいものです。サバナケットの分は私に任されていたので、カオピヤック屋の女の子や、ベトナム料理屋のおばさんや、写真屋の中国人のおじさんなど手近な人々に、日本に対する印象などについてインタビューしたのです。これをやった事で、その人達の事も分かったし、今までより仲良くなれたような気がします。良いチャンスでした。

 明日に備えてもう寝ます。ではまた、お元気で。

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