サブとサチ

 私が代診時代を過ごした千葉県の船橋市という町は、とてもおもしろい町でした。東京のベッドタウンになっているため、新しいマンションが建ち並ぶ地域があるかと思えば、昔ながらの商店街もありました。

ららぽーとやザウルスなどの新しい施設もあれば、競馬場、オートレース場といったギャンブル施設もありました。

駅から勤めていた動物病院まで近道をするために脇道に入ると、朝から酒臭いオジさん達がうろうろしていたりする場所もありました。

 実に猥雑で、雑然とした、さまざまな人々が暮らしている町で、その雰囲気は、私が生まれたころの新潟の下町に通じるところがあり、私は結構その町で働くことが好きでした。

 そういう町ですから、私の勤めていた動物病院にも実にさまざまな人達がやって来ました。

動物好きのただのオジさんだと思っていたのに、真夏に半袖でやって来た時シャツの隙間からイレズミが見え、驚いたこともありましたし、ストリップ劇場の楽屋に往診に行ったこともありました。

 柴犬のサブとサッちゃんは、そんな町の郊外にある住宅地に住んでいました。

 サブは10キロ近い堂々とした顔つきの柴犬で、人間で言えば壮年期。サッちゃんはとても小柄で、フィラリアという心臓に虫が寄生する病気にかかっており、いかにも薄幸の美少女といった感じの犬でした。

 サッちゃんはとても人なつっこい犬でしたが、サブは人間に触られるのが大嫌いで、予防注射をするのにも一苦労するくらいでした。

それなのにサブは、誰かがサッちゃんを撫ぜていると、いつのまにかそばに来て座り、じっと目を細めてその光景を見守っていました。

それはまるで、「俺のことはいいけど、サチのことは頼んだぜ」と、つぶやく映画の中の高倉健さんのようでした。

 サッちゃんはもともと、大きなお屋敷で飼われていましたが、その家の人達は、犬を飼うことに対する関心が低く、予防もしなかったため、サッちゃんはフィラリアにかかってコホコホと咳をしていました。

散歩などさせることもなく、たまにはご飯を上げ忘れるなんてこともあったそうです。

 そんなサッちゃんを一目見て気に入ったサブは、まるでロミオのようにお屋敷に忍び込み、時には自分の家に連れて来て、自分のご飯を食べさせたりもしていたそうです。

 そんな2匹を不憫に思ったサブの飼い主さんは、お屋敷のご主人に頼み込み、サッちゃんを貰い受け、2匹は一緒に住むことになったのです。

 「二人の間は、プラトニックなんだよ。サブが、サッちゃんの体を気遣ってるんだね。いまだに、ご飯を上げても、サッちゃんに食べたいだけ食べさせてから、サブが残りを食べてんだよ」と、飼い主さんは言っていました。

 動物を擬人化して考えすぎるというのもどうかと思いますが、こういう仕事をしていると、動物にも人間と同じような感情があるのではないかと思わせることが多々あります。

 もう5年以上も前の話ですから、病気だったサッちゃんはこの世にいないかもしれません。でも私には、サブちゃんとサッちゃんが、あの町で今でも仲良く暮らしているような気がしてなりません。

 

1999-02-28

戻る