怒った話

 10年以上も獣医をやっていると、いろいろな飼い主さんに出会いますが、なかには動物を飼ってほしくない人というのもいます。

 何年か前の話ですが、飼っている子犬が皮膚病なので往診して欲しいという電話がありました。忘れもしない、Sという名前の家です。

自宅の隣で会社をやっている人のようで、結構大きな家に住んでいました。最近友人誘われて、ハンティングをはじめたのだけど、犬が必要になって飼うことにしたのだそうです。

 庭には、いかにも高そうな猟犬の子犬が2匹、つないでありました。診てみると、2匹ともアカラスという皮膚病にかかっていました。そのことをSに告げると、「治すのにいくらかかる?」と言うのです。

 この皮膚病はなかなか厄介な病気で、はっきりどのくらいで治るかわかりません。それでもなんとか大体の金額を言うと、Sは妙に納得していました。

 それから何日かして、予防注射をうつ日になったのでSの家に行きました。すると、以前2匹の子犬がつないであったところには、別の子犬が1匹つながれていました。

 「いやあ、悪い悪い。電話しようと思ったんだけどさ…。前の2匹は、保健所にやっちゃって、こいつを安く買ったんだよ。金かけて治すよりそっちのほうが得だろ。こいつのワクチンももうすぐだから、また来てよ。電話するから」

 怒りのあまり、Sの言葉が遠くのほうで聞こえました。別になにも言わないで帰ってきましたが、怒っていることは伝わったのでしょう。Sからの電話はありませんでした。

 

1999-02-14

戻る