アルバイトうら話 その2

 制服というものを着たとたん、個人の個性というものは失われてしまいます。警官の格好をしていれば、誰でもその人は警察の人間だと思うでしょうし、病院で白衣を着ていれば病院関係の人だと思ってしまいます。

 運送屋の場合、制服を着たとたん、その人は運送屋の人間でしかなくなるというところがあります。どんな重いものでも持てる人と思われがちです。こちらが単なるアルバイトの学生だなどということは、関係なくなってしまうのです。

 引越しの仕事の場合、見積書というものをもらっていきます。それには、荷物は全部箱詰めしてあるとか、手伝ってくれる人の人数とかが書いてあるのですが、現場に行ってみると違っているということが多々あります。

まったく箱詰めが終わっておらず、結局箱詰めからやることになったり、手伝ってくれるはずの人がいなかったりするのです。

文句を言っても仕事は進みません。とにかく何とか運ぶしかないのです。

 一人で行ったときに、手伝うはずの人がいないと最悪です。

旦那さんが運ぶのを手伝うはずだったのに、行ってみると奥さん一人ということもありました。

奥さんは、運送屋さんというものは何でも運べると思っているようです。

そうなると、「アルバイトですから…」なんて逃げは通用しません。あちらがプロとしてみてくれている以上、こちらも意地になって期待に応えたくなります。

 重い冷蔵庫も、何とか工夫して一人で持つしかありません。荷物を持つのにはもちろんコツもありますが、最後には力ではなく意地で持つのです。

  ある日、4・5人で行く引越しの仕事がありました。顧客の住所は一等地にある住宅街のマンションでした。ひと部屋ひと部屋がかなり大きいので、荷物も多そうです。

 部屋に入って驚きました。荷造りはしてあるはずだったのに、まったくされていなかったのです。小さな子供達2人が走り回って遊んでおり、それをお手伝いさんらしき人があやしています。とても今から引越しをする家とは思えません。

「すみません。主人も私も仕事で忙しくて…」

 謝られても仕事は進みません。一緒に行った役者上がりのAさんや、引越しのプロフェッショナルNさんの顔もピリピリしています。

「時間がないから、荷物は適当に詰めてください。洋服もたたまなくて良いですから」

「本当にいいんですね」

 元Kプロの時代劇俳優Aさんは、ドスの聞いた低音でそう言うと、おもむろに荷物の箱詰めを始めました。タンスの中には高そうな洋服がずらっと並んでいましたが、お構いなしに詰め込んでいます。

 掃除もあまりしないらしく、家具を動かすと、子供の食べ残しが腐っています。

「おい来て見ろよ」ベッドルームを片付けていたNさんが小声で呼ぶので行ってみると、動かしたベッドの下には使用済みの避妊具が散らばっていました。

 結局大幅に予定が狂い、引越し先の大きな一軒家に着いた時には夕方でした。それから荷物を運んだのですから、終わってみると日もとっぷり暮れていました。

「ご苦労様でした。これで食事でもしてください」

 さすがに悪いと思ったのか、ご祝儀をくれましたが、あまり嬉しく感じませんでした。全員ぐったり疲れて帰途につきました。

 翌日は1人で行く引越しの仕事でした。

顧客の住所は前日と打って変わって、ゴミゴミと小さな家やアパートの並ぶ下町です。その一角に建つ小さなアパートの一室に入って驚きました。六畳二間とキッチンだけの部屋に、夫婦と中学校くらいの双子を頭に5人の子供が住んでいたのです。

 皆今より大きな部屋に移れるのが嬉しいらしく、ニコニコ笑いながらどんどん荷物を運んでくれます。引越し先は、今より一間多いだけのマンションでしたが、あっという間に引越しが終わってしまいました。

 清算が終わって帰ろうとすると、「ちょっと待って」 とお父さんに呼び止められました。「これ持ってって」 渡された袋の中にはアンパンが5・6個入っていました。

「今日は良い日だった…」 帰りの車中でアンパンを食べながら思いました。

 

2000-06-07

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