アルバイトうら話 その1

 学生時代に、運送屋でアルバイトをしていました。大手の運送屋ではないので、本当にさまざまな仕事がありました。

特にアルバイトの場合決まった仕事というのはないので、その日によって仕事内容が違っていました。

 引越しもあれば、宅配、電話帳配達、区役所の公園整備の人達を送り迎えする仕事、銀行の書類の移動、スーツを着てファックス会社の人のふりをしての用紙配達など、本当にさまざまな仕事をしました。

 なかでも一番気に入っていたのは引越しでした。引越しと言っても企業の引越しと個人の引越しがありましたが、おもしろかったのは個人の引越しでした。

荷物を見るとある程度その人の生活がわかりますし、家に行くことで様様な人間模様を見ることができるからです。

 その日は、元J事務所でアイドルだったYさんと2人で引越しの仕事に行くことになりました。

顧客名は女性です。それだけで、何か華やいだ気分がするものです。

地図で住所を探しながら行くと、閑静な住宅街の一角にある立派な一戸建ての家でした。玄関先には、どこかはかなげな美しい女性が立っていました。

 別に親しくなれるわけでもないのに、なんとなくうれしいものです。Yさんもニコニコしていました。

 トラックを停めると、その女性が近づいてきました。

 「こちらからお願いします」

 私たちは、玄関ではなく庭先のほうに回りました。

 縁側の窓を開け放った室内には、いくつかのダンボールが荷造りされていました。荷物の量はそう多くありません。家具などはなく、ほとんどが洋服や小物類でした。

 ふと、外に比べて薄暗い室内を見ると、奥の扉脇の柱に寄りかかった男の人が、荷造りをする女性を鋭い視線で見つめていました。無言の圧力が室内に漂っています。

「荷物はこれだけですね」 

わざと明るく言い、荷物を運び始めました。トラックの荷台に荷物を載せながら、Yさんが小声で言いました。

「離婚だな…」

 それからは、黙々と荷物を運びました。結局最後まで、男の人は一言も口をききませんでした。

 荷物を積み終えると、顧客の女性も一緒にトラック乗って行くことになりました。

「すみません。ちょっと事情があって…。会社に引越し先の問い合わせがあっても教えないでください。お願いします…」 彼女は、消え入りそうな声で言いました。

「わかりました」 

Yさんは、まじめな顔で答えました。Yさんも私も彼女の味方でした。

 引越し先は、車で30分ほどのマンションでした。マンションの入り口には、明らかに彼女より若い男が立っていました。その男の姿を確認したとたん、彼女の顔がぱっと明るくなりました。

 Yさんも私も、彼女に同情したことを後悔し始めていました。荷物の下ろし方が、少しぞんざいになったのは言うまでもありません。

帰りのトラックで、Yさんは何度も「まいったな…」とつぶやいていました。

 

2000-06-02

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